2023/07/26

ある日の出来事

夏休みの懇談がひと段落し、明日からは講習会がスタートする。スローラーナー向けの講座や先取り講座。指名講座や自由講座など、様々な形態で講習会が展開されている。その中で、高校3年生の夏期講習会は例年通り充実のラインナップ。それぞれ受講したい講座にエントリーし、学力向上に努める。志望校別の対策講座も開催されている。

そんな中、先日私が路線バスで帰ろうとしていると、高校3年生の生徒4人も駆け足で私の後に乗り込んできた。そのまま前方へ移動した彼女たちをよそに、私は少し後方の座席に腰を下ろし、読みかけの小説に目を落とした。

いくつか停留所を過ぎたころ、前方の彼女たちの声が、何となく耳に入ってきた。
「なあなあ、大学入ったら、アルバイトする?」と、ある生徒の問いかけに3人が、それぞれ大学生活をイメージして答える。「するする、絶対にする!」「私も!」「私も!」

受験勉強の合間に、こうしてまだ見ぬ大学生活に思いを馳せる。そんな声に、私の関心は自然とそちらに向く。よく見ると、4人とも最難関大学を目指そうとしている生徒たち。どんな話をするのか、文庫本に目を落としながらも、そちらがかなり気になり出した。

「どんなバイトがええんかなあ」という、ある生徒の問いかけに、みんなが考える。そして、おもむろに一人が答える。
「私は、コンビニはしんどそうやから、花屋さんみたいな、きれいなバイトがしたい!」
「花屋かあ……」別の生徒が答える。
「私は、ケーキ屋さんがいいなあ。何か夢があるやん。どんな人が買いに来て、誰と一緒にケーキを食べるのかなあ、ってなんかロマン感じるわ~」

高校3年生の女子生徒らしい答え。校長は、既に読書を諦めていた。

「でも、花屋さんやケーキ屋さんって、私らが幼稚園のころになりたい仕事にしてたんとちゃう?」「ホンマや~」「ホンマやわ~」。「これって、私らあの頃と何も変わってへん、ってこと?」との声に、4人が一瞬顔を見合わせ、次の瞬間、快活な笑い声に包まれた。

そうこうするうちに、バスは駅前に到着。彼女たちは、跳ねるようにバスを降りて行った。

彼女たちの屈託のない笑顔。まだ見ぬ大学生活への憧れ。今はそこに向かって懸命に努力している生活。私は、彼女たちのほんのひと時のくつろぎに、まばゆい青春のきらめきを垣間見た。輝いている人には、自分の輝きは見えない。駅に急ぐ彼女たちの後ろ姿に、その輝きがはっきり見て取れた。