2024/03/13

アーカイブス 23(2020・03・18・19・20・21)

コロナ禍での卒業式。動画配信という苦肉の策であった。

本日、保護者やご来賓、在校生のいない中での卒業式が中学校、高等学校で開催された。本日よりしばらくの間、生徒たちにお話しした式辞を皆様にお届けしたい。お付き合い願えれば幸いである。なお保護者の皆様には動画配信でご参加願った。

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2019年度 中学校 卒業式 式辞

本校の生徒ホール脇にある桜の枝も、少しばかり芽吹き始めております。春の足音が一歩ずつ近づいてきているのですね。そんな穏やかな日に、こうして卒業生の皆さんと最後のひと時を過ごせることに感謝申し上げます。卒業生の皆さん、ご卒業、おめでとうございます。

また本日は、コロナウィルス感染防止のため、残念ながらご列席願えなかった保護者の皆さん。本日はご子息、ご息女のご卒業、誠におめでとうございます。15年間の月日を振り返り、そのご苦労やご心配もひとしおのことだったのではないでしょうか。

先ほどの卒業証書授与をもちまして、本校生徒188名の卒業が無事終了したことを改めてご報告申し上げます。また、ここまで本校の教育活動に幅広くご理解賜りましたことに、深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

さて、卒業生の皆さん、今年から中学校でも「卒業式」を実施することになりました。どうして「卒業式」を実施することになったのでしょう?そのきっかけは、どうしても「卒業式」をしたいと情熱を傾けて先陣を切って走って下さった中学3年生の先生方の熱意にあります。先生方は、随分早くからその準備をされていました。

 

残念ながら、ご来賓や保護者、在校生の参加はなりませんでしたし、準備中だった合唱も披露できず仕舞いでした。それでも、中3の先生方が「卒業式」にこだわられました。式を彩るレッドカーペットの上を歩かせたい、動画配信して保護者の方にも一緒に参加してほしい。そんな先生方の思いの奥底にあるものはいったい何だと思いますか?皆さんにとって、少しは負担になるはずの「卒業式」にわざわざこだわった理由はどこにあるのでしょうか?

それは、少しキザな言い方をすれば、皆さんへの「無償の愛」です。あるいは、皆さんと共に過ごせたことに対する「感謝の念」だと言い換えられるかもしれません。

さて、そんな皆さんは、この15年間、いろんな人たちから守られて生きてきました。考えてみれば、自分ひとりで出来ることは、本当に限られていたのではないでしょうか?残念ながら、朝ご飯ひとつ、自分ではまともに準備できません。家族のために、世の中の人のために皆さんが出来ることって、ほとんどありません。まだ何も出来ないというのが、15歳のリアルな姿だと思います。

 

だけど、あれこれ言われたり、指図されたり、ダメ出しされたりすることに、どこかしら不愉快な気持ちを感じてきたのも事実です。ホントの自分が心のどこかにいるんだけれど、それが何なのかよく分からないもどかしさ。

だけど、これまでとは違って、何かが出来るかもしれない、いや何かやりたい、でもそれが何なのかがよく分からないけど、大人の言うことが果してホントに正しいのかな?いつしか心の中に、私のこと、僕のことを「分かってほしい!」という心の叫びが芽生えてきました。

ところで、保護者の皆さんが、あなたに発せられる「分かってほしい!」という心の声は聞こえていますか?あなたが発している「分かってほしい!」という声と同じくらい保護者の方が、あなたに対して発せられる「分かってほしい!」という声。

いつしか日常生活の中で、双方の「分かってほしい!」がぶつかり合うようになりました。でも、この双方の「分かってほしい!」という声は、根本的に違います。「分かってほしい!」という声の対象が、まったく違っています。

 

あなたの発する「分かってほしい!」という心の叫びは、そのほとんどが自分の立場、自分の状況、すなわち自分自身を理解してほしいというための「分かってほしい!」という心の叫びです。それに対して、保護者や先生方に代表される人生の先輩からあなたに発せられる「分かってほしい!」というメッセージは、全て「あなたのために」「あなたに幸せになってほしい」という願いや思いから発せられるものなのです。

それが証拠に、あなたのお母さんが、あなたに向かって「私のために、少しは分かってほしい!」って言いますか?あなたのお父さんが、あなたに向かって「おい、お父さんの立場を分かってほしいんだけどな!」って言いますか?決して言わないでしょう。

わたしのことを「分かってほしい!」というあなたの心の叫びと、保護者の発する、あなたに「幸せであってほしい」という願いのこもった「分かってほしい!」とでは、重みが随分異なっていることが、少しはご理解いただけるでしょうか。

これからも、人生の先輩からあなたに「分かってほしい!」というメッセージが届けられるでしょう。それらはすべて、「あなたのために」という思いから発せられています。それが少し暑苦しくて、重荷に感じる。それが思春期特有の精神状態ですが、安心してください。大人を見くびってはいけません。「あなた」のことを、あなたの周りにいる大人たちはとてもよく理解しています。あなたの発する「分かってほしい!」という思いを、大人たちは充分理解しているとお考え下さい。

身近な人があなたに発する「分かってほしい!」というメッセージに、耳を傾けられるような人でありたいものですね。世の中の真実や正しいことは、往々にして言葉の裏側に隠されているものなのです。その言葉の裏側に隠された真意を読み取れる人でありたいですね。本日の「卒業式」にも、そんな大人たちからの「分かってほしい!」という隠されたメッセージがあるんだって、少しだけ感じてもらえれば、幸せです。

最後まで聴いてくれてありがとう、そしてご卒業、おめでとうございます。