2022/08/09

母の笑顔 5

本日最終回。お付き合い願いたい。
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それからのこと。少し健康を回復したようではあったが、母との今年の「散歩デート」は再開されることなく、寒い季節を迎えた。それと共に、母も病がちになり、次の年の春には、外出できない状態になっていた。あの「散歩デート」から2年。2017年(平成29年)11月、彼女は94歳の天寿を全うした。今思えば、たった一回こっきりの「散歩デート」だった。
 
母の他界から5年。大正・昭和・平成の激動を生き抜いた正直者に、私は心配と迷惑ばかりかけた。そのくせ、何も返せていない。どうして母の優しさに、私は応えなかったのか、気付けなかったのか……。
 
毎年長崎の地に、父と共に眠る母に会いに私は出かける。せめてもの供養、御恩返し。だけどもっともっと一緒に過ごしたかった。もっと甘えさせてあげたかったし、甘えたかった。私が19歳で実家を出たのち、寝食を共にする日常は、ついに一度も訪れなかった。
 
そう思うと、親が子どもと過ごせる時間は実に短い。子の知らぬ間に、親は年老いて、いつしかこの世を去る。それがこの世の定めと知りつつも、当事者となると悔しくて、切なくて、やりきれなくて……。
 
今も私の胸に去来する、ちょこんと上り口に座っていた「母の笑顔」。行き詰まりや困難に出くわすたびに、あの笑顔が、私の心を灯してくれる。
 
父母が 頭かきなで 幸くあれて 言ひし言葉ぜ 忘れかねつる (防人歌)
合掌。
 
 
ここまでお読みくださってありがとう。
全ての皆様の、ご先祖様への感謝の気持ちを お盆に寄せて。
 
江口宗茂