2020/11/19

ことばの贈り物 2020/11/19

先日、外部のある会議で「うちの生徒は挨拶をほとんどしてくれない」と、嘆いておられる校長先生がおられた。どうすれば、生徒が挨拶をするようになるのか。そんなことを気にされているご様子だった。「先生、いつも生徒に怖い顔をなさっているのではないですか?」と、その場は冗談で笑い過ごした。
 
その先生には、自身の持論をお話することは出来なかったのだが、私は「挨拶は決して強いられてするものではない」と考えている。挨拶が出来ないということは、その人にまだ社会性が育っていない証だと考える。挨拶は社会生活で必須条件だが、それをする必然性を感じる場面にまだ自分が立ったことがないのだ。それはある意味仕方の無いこと。
 
私は、生徒に対して挨拶を心掛ける。それは、そこから返してほしいというよりも、私自身の生徒に対する気持ちの部分が大きい。朝、生徒を迎え入れる時には「ホントによく来たね、今日も一日前向きに頑張ろうね」という気持ちで声を掛けている。すると、不思議なことに自分自身もかなり前向きになれる。
 
生徒が帰るときに「さようなら」と声を掛けるのも、「今日は一日頑張れたかな?また明日も学校で楽しく前向きに学ぼうね。気を付けてお帰りなさい」。そんな気持ちがほとんどすべてである。
 
本校でも随分挨拶を返してくれる生徒が増えてきた。その都度、無意識の中から社会性が育ってきている生徒だなと少し嬉しく感じる。「学校は社会に出るための訓練の場である」。これからも少しでもそういったことに気を掛けられる生徒を育てるために、私は生徒を見守りたい。