2018/11/24

ことばの贈り物 2018/11/24

寒さが日に日に増す中、皆様いかがお過ごしだろうか。本日は「生徒指導だより」に寄稿した文章をそのまま掲載したい。私自身の基本的な考え方を述べている。
少し長文となるが、ご一読願えれば、幸いである。
 
「学校」は「社会に出るための訓練の場である」と私は考えている。中学生や高校生のみんなにとって「社会」ってまだ全然ピンと来ないと思うけれど、世の中に出たら、逞しく生き抜く大人になってほしい。そのために必要な基礎基本を学校で学んでほしいと願っている。
 
「知識」や「技術」といった試験で計られる分野の学びはもちろん大事。多くは「偏差値」という数値が評価軸となる。だけどそれだけでは「社会」を生き抜くことは出来ない。
 
「社会」に出て、至るところで求められるのがチームワーク。チーム内できっちりと役割を果たせるかどうかということ。それこそが、「社会」を生き抜く最大のポイントだと言っても過言ではない。そこには、自らが「他者」との関係性をいかに構築するかという課題が潜んでいる。
 
「他者」とは、自分にとって考え方の異なる存在。そういった相違する価値観に対して、自分はどのような関係性を構築するか。そこには「知識」や「技術」を身に付けることと同等の価値が潜んでいる。
 
その「他者」との関係性を構築する第一歩が「挨拶」であり「身なり」であり「言葉遣い」といったものである。逆に言えば、これらの乱れている人は、「他者」との関係性の拒否を、自ら表明していることに繋がる。それでは社会を生き抜くことは叶わない。
 
「学校」の生活で、自分が社会で生かされるための訓練を重ねよう。それは「挨拶」「身なり」「言葉遣い」の乱れを無くすことに尽きる。賢明なる諸君、たかが「挨拶」などと軽んじること勿れ。社会を生き抜く道は、意外と身近なところに転がっているのだから。
 
以上である。
最後までお読みくださってありがとう。